ボクの店はお馴染みさんでもっているようなものだ。

巨大資本投下の娯楽大作映画はTさんやGさんに行けばよいと思っている。
別にそれらを嫌っているわけではないが、どの作品も1本しか入れないので、
それらを求めて来店願っても、「いつも貸出中」、消化不良になるだけだ、と思う。

お馴染みさんのほとんどは映画好きの方々。映画を、「求めて」ご覧いただく方々である。
いまだにDVD化されていない名作でも、ボクはビデオテープで在庫している。
その為、お馴染みさん方は、ビデオデッキを「この時代」に買い換えている・・・

ビデオメーカー各社に求めたい!
いまだに世に出ていない過去の全映画作品を早急にDVD化せよ!

資本論理による、「売れる売れない」の尺度で映画を扱うべからず!
各社の資金的理由により実行できないのであれば、業界がまとまり、国家に要求すべし!
国費を映画文化に投じてはじめて、「文化国家」の仲間入りを果たす国際的評価は大きい!

業界内で今一番憂慮していること・・・

レンタルビデオ大手のGさんが、ついに常時旧作1本100円レンタルを始めた。

なんという愚作にでたことか(><;;
長引く不景気、庶民の生活が困窮し生活するだけで精一杯な世の中、未だ日本人にとって
「娯楽品」であるビデオやDVD、CDの販売やレンタルの売り上げが直撃を受けて
低迷しているのは身をもって熟知している。ピーク時の4分の1まで落ち込む断末魔・・
少しでも売り上げを伸ばしたいのは業種関係なく望むご時世。Gさんのライバル大手Tさん
が店舗レンタルから宅配ポストレンタルに切り替えようと必死でその事業拡大に取り組む最中・・

だからといって低迷打破のGさんの新手法が、旧作映画1本100円とは・・・
元々映画には旧作も新作もない。その尺度で借りる不貞者もいるが、
バッタ屋でもあるまいし、文化物を扱っているGさんの企業資質を疑ってしまう!
世の人々に、「そんな価値」しかない物として暗示づける行為は大罪である!

映画の価値をどう捉えてこれまで経営してきたのか聞いてみたい。
もしその問いの答えが映画映像を愚弄する、「金利の稼げる貸しモノ」であったとしたら、
いますぐ現業を廃業して、金融業でもバッタ屋にでもなることをオススメする!

映画映像は文化物であり、「人類最高峰の芸術」である。
すなわちその価値は、人類が永きに渉り積み重ねてきた、「英知」の集合体だ!

価値ある文化物の喪失

過去の名作が劇場やDVD、TVで観られなくなるとしたら・・
未来の人々に、「その感動」を残すことができないとしたら・・
あるいは、無用の産物と呼ばれ、その価値が失われていくとしたら・・

「映画を観て涙するということは、あなたの心が泣いたということです」 (淀川長治先生)

人の心なくして映画に感動無し!
淀川先生が述べるこの言葉は、まさに映画の本質を貫いたもの・・

今日、世界中の多くの人々が感受している最高峰の芸術たる映画を後世に残し、
その「珠玉」を愛しみをもって守り、後世の人々へ伝え継ぐ責務を業界全体が認識し、
ひとり一人が、「孤高の精神」を持ち、この難局に立ち向かうことを切望するのである!

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2009.11.23 Top↑
ボクも知らなかったとはいえ・・

内閣官房機密費拠出の件・・

核兵器領内持ち込みの件・・

国政事業費無駄使いの件・・

あとは、アレやコレや・・・

民主党政権に変わり次々と明るみにでる、「過去の汚点」。

それは、自民党が国政を担っていた時代、「隠匿」していたものばかりだ。

国民を欺き、自身の都合に合わせ、権力とカネの法則で築いてきた暗部の露見・・・

国民に対する背任行為は断じて許すべからず!

糾弾すべき民主党も軟弱すぎる!

官房長官談、「過去の官房費の使途は追及しない・・」

あのね、ご自身のお金ならご自由だが、国費、すなわち国民の税金からの拠出でしょ!?
国政はまず国民ありきの社会構築と国家機能の潤滑な運営の基に、健全な政府が
その中心となり作られていくもの。
その汚点を残した自民党政府が、憲法違反と国政背任を繰り返していた事実が
明るみになったんだから、徹底的に調査、または国権発動による捜査をすべきだ!

新聞やTVなどのジャーナリズムも不思議なほど静観しているのも問題!
名も無く力の無い者たちの声となり、社会を照らす鏡となり、強欲と強権によりそれらが
歪められようとしたとき、ペンを懐刀に刺しちがえるのがジャーナリストの真の姿である。

「政・官・財」、の権力集団による国民不在の「カネと力」が渦巻く国政の独占・・

民主党議員たちに苦言申し出し候!

先の選挙により国民が選出した政治家の主導基に国政を預かる、というのであれば、
露見される過去のすべての悪事例を徹底的に精査し、追求訴訟をすべきである。

それがキミたちを選挙で大勝に導き、「もうこんな世の中たくさんだ!」の、ひとり一人の
声を社会に反映させる代弁者として選んだ、国民への報いである!!

また、国民の方々も今回の一連の自民党政権下で行われた背任行為を、
「しょうがない」であきらめず、目と耳で鋭意し、権力者どもに渡った我々国民の利益を
取り戻す気概と意識を持とうではないか!?
 
それは子供たちが安心して暮せる未来国家への投資であり、我々が暮す閉塞した
現代社会打破を目論む声であり、その国民の価値ある意識はジャーナリズム世論となり、
今日の、「日本人の心の社会」を崩壊させた権力者どもの罪を糾弾するものとなる!

そして、自民党の若手議員の方々よ・・・

いますぐ自民党を離党し、歴史上類を見ない、「背任集団、自民党」沈没の巻き添えを
喰らわないところへ避難すべきだ。拘束力や党罰なぞ恐れるに足らず!事態は急を要す!
これからは君たちの意志で国政を研究考察し、君たちの理念で、「未来国家、日本」を
築く試金石となり、新自由民主党結成に向け第一歩を歩むべきである。

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2009.11.21 Top↑
自衛隊の募集相談員委嘱式に出席してきた。

以前にも当blogで述べたが、防衛省の省内制度として民間委嘱による自衛官募集活動
がある。これは地域各拠点に措いて広範囲に自衛官を募集する目的で施されたものだ。

人生路もまだ半ば、未だにウロウロしているボクだが、お請けした以上、できる範囲で
お役に立ちたいと思っている。また担当の中島氏には些々ご高配賜り感謝したい。

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ボクは特に国防意識が強いわけではないが、多種にわたる書物や映画の知識から、
子供たちが安心して暮せる未来の構築を思慮深く捉えるとき、「国家存続」が最低条件
としての有意だ。そのひとつに「国防」の意味や考え方を探たりすることがあった・・

以下、乱旨乱脈による国防の私論である。

国際経済社会における国防の意義

「国防」と聞くとイカついイメージをお持ちの方もいるだろうが、国家という単位で
国際社会が流動している以上、国民にとって国防は最低限の国家保障である。

国家の三要素、すなわち、国民、領土、政府だ。
この形態を有した集合体が、「国家」として機能し国際社会から承認される。

その国家で我々が日々生活し、更なる繁栄と未来の構築を目指すのだが、
不幸にしてその形態に障害が発生しないとは限らない。

自然災害による大規模な社会基盤の崩壊、他国の武力蹂躙による国家破壊・・等々
国民の生命財産が失われ、国土は焼土し、政府行政機能が損われる国家存続の危機・・
それら予測される全ての障害に対処対応する国家としての理念、それが国防である。

今日、その国防の位置づけが大きく変わった。
経済を中心とした国際社会のグローバル化、EURO共同体のような地域共栄圏思想、
経済発展国による途上国援助機構の設立(OECD)、そして国家間の人材交流に至るまで、
一国の主義主張だけで国際社会に君臨する時代ではなくなったのである。

ボーダレス 〜 国境なき国際社会

前世、国家単位としての国防は特に、「アタック・マイノリティー」(攻撃に対処する意識)の
基に、組織化された軍事力を保有することがその中枢的思考であった。
だが近年、発展経済において、国際社会が連動する時代を迎え、国防の位置付けが
大きく変わろうとしている。

イデオロギーや宗教、人種や民族など、戦争や動乱の火種になっていた危惧が、
国際社会の中でそれら全て、経済の名の下に、意識統一されようとしている。

国際経済圏把含の国が戦争や動乱に陥ったとき、世界中の経済が影響を
受け、場合によっては世界経済の大混乱を招き一国の有事だけでは済まされない
事態に発展する危険性もあるということだ。

この悪影響を避けるため、国際社会が一致して日頃より関わりあう機構、組織等、
すなわち、「大同小異」的な国際機関の存在と役割が重要になりつつある。
(今日、おもだった定例国際会議だけでも18種に及んでいる)

フォース・ディフェンス 〜 戦争回避の軍事力

今日の世界の国防は、この論理が中心となって構築されようとしている。
先にも述べたとおり軍事力だけが国防ではないが、軍備は重要なその要だ。
例えば、隣国同士の紛争や動乱は軍事衝突と想定されるところからくる有事の備えである。

しかし、現代の国際社会は小競り合い程度の紛争ならばともかく、国家間の大規模な
戦闘行為、すなわち戦争は国際世論が放置しない情勢である。(理由は前述のごとく・・)
仮に、国際社会の意に反し戦争行為に転じた国があった場合、その国に課される叱責は
経済制裁だ・・・金、モノ、人の流通が途絶え、国際経済から遮断された国の有様を考査する
にあたり、その制裁効果は適面であり、例え友好国が支えたところでその末路は悲惨である。

ではボーダレスの時代、国防の中枢たる軍事力はなぜ必要なのだろうか・・

軍備を整えるためには巨額な資金が投ぜられる。つまり潤沢な国家財力を有する国が
その条件を充たすものと考えられる。それはすなわち経済力に裏打ちされた軍事力という、
嘗てない新しい意味付けと同時に、「国力の誇示」として周知造映されるものである。

「経済」という名のルールで国際社会が一連している以上、国力を持つ国どうしが武力
紛争を始めたとき、それは紛争当事国だけの問題ではなく、場合によっては国際社会を
敵にまわす覚悟を求められるのである。故に、うかつに戦闘行為に出ることができない。
国際経済と国家が密接にリンクしている現代、軍事力は、「戦争阻止」の意味合いを含有する。
「ゼニ、カネの世の中」、けっして肯定できるものではないが・・・
世界の平和にとってこの法則は、「必要悪」として位置づけられるものではないかな?

国際経済が国家や政治、そしておのおのの国民生活に影響を及ぼす昨今、
安定した国際社会は世界中の多くの諸民の幸せと未来創像の礎・・・

第二次世界大戦以降、とりあえず平和である現代の国際社会、国防を司る軍事力とは
すなわち、経済で築かれた国際社会の、「安定と平和を維持する盾」、と捉えてよいのでは
ないだろうか・・・

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(何十年ぶりにスーツを着たので、パチリ・・汗)

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2009.11.17 Top↑
実家のある盛岡へ日帰りしてきた。

テナントでお借りいただいている洋裁教室のU先生から連絡が入ったのが先月中旬。
裏手にあるボクの地所家屋が大きく傾き、ついに隣家2軒に接触したという・・

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(赤○が傾斜した建物。白○はテナントを入れている建物、2007冬撮影)

以前より、「ヤバイ」とは思っていた。仕様はアパートだが、もう30年も人など住んでない。
モルタルは剥げ落ち、割れたガラスが隣家の屋根に飛び散り、大雪が積もるとキシム音がする。
町内の顔見知りの方々といえど、その危険性に、「早く撤去を」のコールは耳にはしていた。

「うむむ・・いよいよきたか・・・」

早急、地元の親戚や知人友人のコネクションを得るため電話で奔走する。
解体撤去業者を探す・・・しかもできるだけ安く早く仕上げてくれる事業者を、だ。

だが・・・

ただでさえ金が無いうえに11月は店舗の更新月。更新料や保証金の償却差額分の
支払いなど、「金」が必要である。実家家屋約30坪の解体撤去にも当然資金が必要だ。
八方塞がり、断崖まであと一歩、背中に水がしたたり落ちている状態・・

しかし、そんなことを言っている場合ではないことも理解している。
万が一倒壊し近隣家屋に被害でも出たら金だけじゃ済まされない大問題に発展する。
うむ、事態は急を要すのである・・急転訪れたバッドな展開・・・よわった(><;

そこで、一族の誉れ、登場となった!

結婚式の仲人でもあり、国立岩手大学名誉教授、岩手県体育協会前会長、他含め肩書き5ケ、
そしてボクの伯父さんでもある○○先生に、今回の件を相談したのである。

まずはその社会的地位のある方の威光のすごさに驚いた。相談したその日のこと、
資金の枯渇しているボクの意向を加味し、解体撤去工事をしてくれる業者を紹介してくれたのだ。

ありがたい!! これさえ決まれば、あとは実行あるのみ!

こうして日帰り帰省は、工事開始に際し近隣へのあいさつ廻り、工事業者との打ち合わせ、
隣接する中三デパート駐車場敷地内の工事車両搬出入許可嘆願、と予定を無事にこなす
ことができた。解体工事は今月28日から来月8日までの期間で行われる。

「困ったときは、お互いさまだからね・・」

現在ボクが暮らす東京の社会通念にはない、「相手の意向」を重視してくださる郷里盛岡の
今回関わる多くの方々に心より感謝したい。

県土の8割が山林、これといった産業もなく、県民平均所得は全国でワースト5の県・・
だが、壬生義士の地、議会制民主主義発祥の地、宮沢賢治、石川啄木を輩出し・・

そんな故郷に生まれ育った。帰省するたびに、「あのとき」のまま迎えてくれる故郷。

そこで暮す人々の正義と良心は、「日本一」とボクがいまだに誇りにしている故郷だ!

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(駅前、開運橋からの眺める南部富士、岩手山)


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2009.11.14 Top↑
2009年 アメリカ映画
監督:ガス・ヴァン・サント(グッドウィルハンティング)
出演:ショーン・ペン、エミール・ハシュ、ダン・ホワイト

MILKミルク

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あらゆる意味において錯綜した70年代アメリカ・・

その殺伐と流動する時代の中で、愛と希望の存在を信じ、社会的弱者、とりわけ同性愛者
たちの代弁者となり、未来に向けかすかな灯りを燈した男、政治家ハーヴィー・ミルク。

当時とすれば鍋蓋モノであった、ホモセクシュアル・・
彼は同性愛者であることを自ら公表し、名も無く力のない人々の自由と権利を主張し続けた
実在したアメリカの民主党の政治家である。

その彼の最後の8年間の活動をギュッと濃縮した、まさに良質で感極まる名作の一本だ。

利権が渦巻く政治の世界に於いて、頑なに守りとおした彼の良心と信念とは・・・
後にタイム誌が選出した、「20世紀の英雄」と称された尊敬すべき価値と勇気であり、
すなわちそれは、国家とは、政治とは、そして利己主義の論理とは一体何なのかを、
強烈にあぶりだした、我々に自由の理念と愛ある社会の尊さを啓蒙する貴重な実話映画である。

「いつの時代も、泣くのは庶民」、といった安易なあきらめを払拭し、国家も政治も
そして社会も、無名庶民の小さな声を反映させればこそアカの他人同士でも安心して
暮せる社会を構築できる、という彼の信念はまさしく、「愛を創形できる唯一の動物」たる
由縁と人としての証の裏打ちがあるからだ。ボクが共鳴したところもコレである。

原作はだいぶ前に読んでいたので、この映画を観る興味とすれば70年代のアメリカンポップス
だったのだが、残念ながら、「70’S、反骨映画お約束音楽」は流れなかったのがチト残念・・
(酒場でジョニーウィンターのフーチクーチマンがチラ流れたが・・)
だが、それ以上に作品のクォリティーの高さがものすごくあったので大満足ではあった!
ちなみに音楽は、オペラ好きの彼の趣向を代意し、プッチーニ作、「トスカ」・・涙が出まっせ!

あと、この映画は超オススメではあるが、ボクはゲイではないのであしからず・・(^^;;

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2009.11.11 Top↑
きょうはボクの多数に渉る?blogのうち、音楽系のblogを紹介しよう!
(音楽系とは言ってもギターを弾いているだけだが・・)

びでお屋のオヤジの音綴り
ギターソロで自作曲をUPしているblog。音系ではこのblogがメインだ。
つい先日1万アクセスを達成し、UPしている自作曲は現在121曲。
けっこう頻繁に新作を掲載しているのでヨロシク!

びでお屋のオヤジの音遊び
それほど更新の頻度は多くないが、LIVE録音モノや音大生との合奏等、いろんな方々と
一緒に演奏している曲が中心のblogだ。覗いてみてね!

びでお屋のオヤジの音試し
ギターソロで既存の有名な曲を弾いている。童謡唱歌からロックやクラシックなど、
ジャンル問わずの演奏なので興味ある方はどうぞ。(旧名、インターネットライブハウス)
但し新規UPは現在していないので、過去の演奏を聴いていただくことになる。

ポロロン音綴り
「びでお屋のオヤジの音綴り」のバックアップ用の姉妹blog。
blogをUPしているサイトのサーバートラブルの為、臨時に立ち上げたblog。
今後新企画による、「音系」blogに変えていこうと思う。

以上、音系blogの紹介であったm(__)m


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2009.11.07 Top↑
そういえば・・・

今年の11月は現在借りている店舗の、2年間の再賃借契約の更新月であった。

不動産屋の連絡をうけてから気付くボクの経営者としての資質に唖然とする(><


ー 思考が一段と高速回転した ー

経済不況が続く中で、果たしてこのままビデオ屋を経営維持できるのだろうか・・

継続することは勿論確定なのだが、ボクの意志だけではどうすることもできない
世の中の実情が思考と常に対峙し、答えの見つからない問答に掻き立てる不安。

売り上げが激減し、低くてもギリギリ店舗運営ができる「形」で維持している状態。
市内にもはやビデオ店がボクの店しかない「独占」であっても低迷が続く状況。
ここ2年の間で近隣にあったTさんGさんの大手レンタル店が3軒閉店した。
大手ビデオ店はこぞって、「無店舗レンタルの形態」を模索し始めている。

ビデオレンタルの店舗経営は、その支出の大半が固定費であるといってもよい。
年中無休、長時間営業・・光熱費や人件費は他業種に比べ高額となる。
ましてや仕入れたる商材は著作物なので、それなりの権利料金が加算されたもの。
一般に販売されているDVDは安価でも、同一のDVDがレンタル店に入荷するとき、
権利料金込みで1万円は下らない。50万円、100万円と毎月営業経費が係っていく。
物販店や飲食店のように粗利益を経費調整によって単純に算出できる業種ではないのだ。

それでも続ける意味とは・・
文化物を扱っているという、カルチャーショップの経営者としての自負

書店、CDショップ、ビデオ店、この3業種は庶民に最も身近なカルチャーショップだ。
その手軽さや物量から街の文化発信所としての役割と頒布意義を担っていると思われる。

時々、どのような造形でも人間がその英知の基に創作されたものが文化物である。
それは知性と教養の蓄財であり、人間である証と誇りを形づくるものでもある。
その創作物を取り扱う業種の経営者は、少なからず、「その意識」を持たねばならない。
ちなみにビデオ店経営者は、「その理解」を帯胴し経営していると思われる。
「著作権料未払い店ゼロ!」、の実績は、その証明であり、業界のプライドでもある。

ビデオ店をはじめ書店やレコード店などの文化取り扱い店舗もこれに属するが、
今日の取巻く環境下、どこもかしこも苦戦を強いられている。

それは、利用客の激減によるもの・・

庶民の生活が困窮している現状は、言うまでも無く経済不況によるものだ。
ほとんどのご家庭で所得が激減し、10円、20円単位で生活支出を抑制している。
衣・食・住の生活必需品を扱う業種でさえシノギを削っている状況・・・
その影響下、永らく続く閉塞感に満ち溢れた庶民の生活環境・・・

本一冊の価値は一食分の食費に転換されてしまい、CD一枚の価値は一着分の冬物ジャケット、
そして映画DVD一枚は昼食代に換算される、それぞれの日々の暮らし・・

映画好きのお馴染み客がボクの店舗をこれまで支えてくれていた。
だが、そのお馴染み客まで、「生きる」ことで精一杯な時勢・・
その価値はみなさん判っている。映画はすべての文化物の中でも最高峰の創作物だと・・

「たくさん映画は観たいけど、今は金と時間と・・、うん、精神的な余裕がないかな・・」

帰宅途中、チョイ立ち寄りの馴染み客、彼の帰りがけに交わした言葉がすべて・・

こんな世の中、と愚痴をいっても仕様が無いのはわかっている。
「映画が好き」だけでビデオ屋を継続していけるとも思っていない。
カルチャーショップたる自負も経済概念からすると無用なものだということは承知している。

20年間年中無休、長時間営業、薄給を更に下回る所得でも苦することなく続けてきた。
商売変えや商材の開発など考えることなく、ひたすら映画ソフトだけを頒布公開してきた。
家族と大勢の仲間に支えられて、生活をする最低限の所得でも笑って生きてきた。

「道端の、小さき濁花に、心奪われし我が身なりけり」

さぁて、次の2年、はたして訪れる未来の創形はあるのだろうか・・・

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2009.11.04 Top↑
この日の朝刊ほど興奮の眼差しで誌面にクギヅケになったことはない。

ferme

彼の描写は筆と絵の具とカンヴァスを用いた「限界」を求め、訪れる未来を予告したもの・・

その創形をボクは人類が描いた最初の、「映像」と呼ぶ。

当blogで何回も登場している17世紀の画家、ヨハネス・フェルメール。
その彼の代表作、「真珠の耳飾りの少女」が2012年7月、日本で公開される。

具材の劣化等の理由で門外不出と呼ばれているだけに、この日本公開は非常に
貴重でありまた、「奇跡的」価値が付加されるものだ。勿論、最後の公開であることは必定!

当世の研究者や美術関係者によるフェルメールの残した作品に対する評価は高いのだが、
そのほとんどが「絵画」としての論述や評価であり、写真や映像、あるいは映画として
語られているものではない。「絵画」である以上それは当然ではあるが、ボクが求めた
フェルメールの作品はすべてに、「映像」としての躍動感と美感が具わっているものだった。

ボクが述べるフェルメールは、美術の教育や勉強を経緯した観点ではない。
絵ではない、などと愚言劣序を述べるつもりも毛頭ない。 ただ・・・

「フェルメール先生、タイムマシンでやって来た者ですが、先生が求めたものはコレですね?」

と、携えたカバンから、ビデオカメラとレフカメラを取り出し、その仕様を説明し・・・

「おぉぉっ! コレ、コレ、コレだよ! わたしが求めていたものはっ!」

と、フェルメールから歓喜の抱擁を受けるボクが見える、ということである。

17世紀に生まれた彼は、その時代に許される、「映像表現」の最高位の描写を、「絵画」で
表そうとしたアーティストである。画家という肩書きはあくまで筆、絵の具、カンヴァスでしか
その当時、表現方法がなかったがゆえに称されたもの。

と、言いつつも・・
 
現世、彼の作品の絵画としての高い評価も、立体、光と影、ストーリー性と、
同時期の著名画家とは一線を隔しているあたり、実はボクと同じ観点からなのかも、ね。

一昨年の、「牛乳を注ぐ女」展での身震いした感動・・

それ以上の感動が2012年に訪れる・・

この3年間、ガンバる目的と意味が見えた (^^)/

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2009.10.31 Top↑
今年のハリウッド映画祭(アカデミー賞)で13部門中8部門受賞の映画・・

2008年 イギリス映画
監督:ダニー・ボイル(トレインスポッティング、フルモンティー)
脚本:サイモン・ビューホイ(トレインスポッティング)
撮影:アンソニー@マントル(踊るマハラジャ)
原作:ヴィカス・スワラップ(ぼくとルビーの神様、講談社刊)
出演:ティーヴ・バデル、フリーダ・ヒント、マドル・ミッタム、アニレ・カブール

スラムドッグ$ミリオネア

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鳴りモノ入りの鳴り音で観られた方は、「どこが面白いの?」と呟いたはず・・
ハデなアクション映画やお涙頂戴物語でもない。一人の少年の、「そこに至る」までの物語。
淡々と語られる彼の人生プロセスは特殊ではあっても、波乱万丈な感動物語でもない。

貧乏人が、貧乏人の尺度と価値で語る様々な「視点」と、金と権力の持つ「常識」との
歪んだ比較や関係、その根底に流れる人間であるべき本来の意識など、あぶり出せば
きりがないほどの、「人間の姿」を映像で描いた映画といってもよいだろう。

映画は深く味わうべきもの ・・・ 映画は娯楽にあらず!(淀川長治先生)

映画は多々あれど、求めて鑑賞する者に、これほどの感慨深さと学ぶべき座標を提示し、
自身の心の慟哭を促し、思考の転じる豊徳を感受できうる映画は他に無いのではないか・・

(プチあらすじ)

インドはムンバイのスラム街で暮らす孤児、ジャマール。
ハエが飛び交うネグラが家、砂塵と排気ガスに覆われた街がジャマールの日常だ。
だがそんな街は、彼の夢と希望を創形し、訪れる未来の礎を築いていくのだった。

18才のとき、回りの者から薦され軽心からTVの人気番組「クイズ$ミリオネア」に出場する。
ところが彼は数々の難問奇問を突破し、いよいよ決勝最後の一問にまで到達するのである。
掛け金はこれまでに決勝に進むため、「受領拒否」を積み重ねてきた金額、
間違えば全てゼロ、正解すれば一千万ルビー(日本円で約5億円)となる大勝負であった。

そんな折、ある暗躍が進行する。

これまでこのクイズに挑戦した英知、医者や弁護士あるいは有名大学の大学生や研究生、
ことごとく決戦前に敗退し未だに一千万ルビーを手中に収めた者などいなかったのである。

「スラム出身の無教育の孤児が、万一優勝してしまったら、英知の価値が崩壊してしまう」

これに危惧したクイズスポンサー主とTV制作側は、その阻止を画策し謀る。

「おまえ、インチキしてるだろう! 証拠はつかんでいるぞ!スラムのコジ○野郎!」

なんと決戦の最後の一問を待たずしてジャマールは警察に逮捕されてしまうのであった。

インド全土が見守る中、突然の不正疑惑事件。ジャマールは勿論、彼を取巻く者たちの驚嘆は
やがて、「正義と真実」の焔へとくすぶり始めるのだった・・

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ー 価値と尺度 ー

人類が永きに渉り積み上げたきた造形。
それは近年、金や時間、地位や名誉といった、「標識」に発展した。

ジャマールの求めたものは、その堕算ではなく純粋に自らの知識や教養への挑戦である。
スラム街に暮らす者どもの金欲に満ちた視線と、「英知の道理」を価値づけ、その付加を
金や地位に転換させる資本主義社会の者たちの視点は、ジャマールを解せば無映だ。

ゴミ箱に捨てられた本、幼き頃交わした仲間との会話、心がトキメいた初恋の女との出逢い、
そのすべてがジャマールの心が求めたものであり、それは彼の教養の礎となったもの。

知識は与えられるものにあらず!ただひたすらに求めるものである!(パスカルの名言)

この映画には3つのテーマが源脈している。未来は創ること、貧富格差の露見と良心の解釈、
そして知識の価値と意味、である。とくに3つめの知識についてであるが・・

ボクはこの映画を観て真っ先に思ったことは、現在全世界で施行されている学校教育が
いかに歪で不自然なことか、ということである。
強制的に学問を与えること自体、そもそも誤りではないだろうか・・

と、いうかぁぁ・・・                     

ときの権力者たちが、「安定社会を築く担保」として学校教育を施行しているにしかすぎず、
社会生活に於いて平均的尺度と価値観は、刃向かうことを削ぐ為の倫理教育も側帯し、
個の意志を反映させない国家作りをする為に、仕様として教育制度を施しているのである・・
と、私感を述べてみる。

それは格差社会を生み出す温床であり、「勉強ができるよい子」が優遇される実態に合致する。
勉強ができるよい子、は、良い教育を受けた証明として更に学歴社会の申し子に飾られる。
すなわち、「与えられた知識」をクリアーしてきた者だけが社会的優位と価値を保証されるのだ。

教育機会の平等、それは何人も求めれば教育を受けられるという国家保証の憲法・・
金銭的理由や家庭環境等で遮断しては決して許されるものではないはず・・

だが、金や時間、地位や名誉、そして生い立ち、家庭環境、思想や活動・・
または、有名大学卒業の誇示の容認、公官庁や大手企業への就職の優位、とか・・

間違えてもヤンキー野郎が財務省や外務省の官僚になれない社会だ、という誤と歪!

スラム街の孤児で無教育のジャマールが味わった屈辱、この映画で深く考察して頂きたい・・

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2009.10.28 Top↑
世界中を閉塞感で覆っている経済不況

「いつからこんな世の中になったんだ・・?」

現状の於かれた生活環境に多くの者が憂い、そして溜息をつく・・


前世イギリスで起きた産業革命以降、これまでに類を見ないほどのインテリジェンスを
手中に収めた人類は、その英知を多方面にめざましく発展させ今日に至った。

それは同時に巨大資本による大量生産の基に築かれてきたと言っても過言ではない。

通貨は対価であり、モノを買ったり売ったりしてその使命を終えるものだ。
だが、合理的大量生産を強く求めた結果、通貨は対価を資本に換える経済システムを
作り出し、「資本力の優位」による序列社会を世界中にバラまいたのだった。

対価意味の変更・・世界中の庶民が求めた、快適で合理的な生活

企業が巨大資本を投じ大量生産をする意味は、ズバリこれである。
経済用語の「需要と供給」ということだが、それは徒弟制度や家内工業で培ってきた
技術や方法ではとうてい追いつけない規模の生産力を意味するものでもある。

「その規模」は全世界レベルであり、当然、その生産力の対価も追随する。
巨大資本を投じ大量生産をし、大量の対価が集まる。すなわち、利益の源泉が生まれる。
その利益は通貨としてではなく投資として位置づけられ、更なる利益追求のもと、新たな
大量生産の廻芽(かいが)に転じるのである。

人の生態は産業革命後、大きく変貌した。

資本主義社会、いわゆる経済主義国家の先導する社会だが、その住民たる人々は
「そのルール」の中で生活している。つまり生活源資は金銭であり労働対価でもある。
その対価は社会生活をするうえで、「共有の価値」を生み出し、社会基盤の安定と合理的な
生活習慣を見出すものとして捉えられる。
例え自分ひとりが山奥の自らの畑で獲れる作物だけで暮そうとしても、住民台帳に
記載されている以上、「税金」という名の金銭が発生する。
税金は字のごとく金銭のみで受け付ける国家運営に欠かせない国の主収入。
経済主義国家では、米や大根で税金を納めることができない、これがその主義である。

金銭が、全ての価値と尺度を社会に反映させる

経済主義国家では、多くの人々は自身の生活の為、その金銭を求め労働をする。
多くの人はそのシステムに組み込まれ、その労働の対価として金銭を受領する。
金銭は求める価値であり、それは相応の労働対価とは別に欲望を充たす性格を兼備する。
(社会主義国家のように均一に労働を国民に課し、共同生産をする国家ではない)

金銭がないと生活ができない社会。金銭がないと社会的評価も低い。金銭がないと・・

今日の個々の生活様式はまさに、この金銭ルールで構築される。
それは大資本により大量に生産されたインテリジェンスが、金さえあれば誰でも手に入れる
ことができる時代だから。前世紀の特権階級だけのプレミアは、もはや遠い過去の話。

巨大資本、大量生産、経済主義、金銭価値と尺度、金銭による労働対価・・・

「いつからこんな世の中になったんだ・・?」

快適ライフの先導、贅沢の尺度の変更、その築材の一片に、「人の心」は存在しなかった。


1936年 アメリカ映画
監督・脚本:チャールズ・チャップリン
出演:チャールズ・チャップリン、ポーレット・ゴダード、ヘンリー・バーグマン

モダン・タイムス

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全自動で大量生産する工場に勤める職工の悲哀物語。
機械が全てを支配する工場で働く男は、ことあるごとにハンドメイドしてしまう。
それはより良い製品に仕上げるためにとる、彼の良心からの行為なのだが、
そのたびにシステムが止り、工場長や仲間から怒号と罵声を浴びる。

日々、まるで工場の機械の歯車のごとく組み込まれて働く男の姿・・
1937年に公開された映画は、当時、空想物語の人間社会を喜劇するものだったが、
今日この映画を観るとき、それは空想ではなく現実に巨大資本と大量生産によって
失われていく人心を、既に予見したチャップリンの強烈な風刺映画だったと感じ入るのである。

旧約聖書、神との約束を破りエデンの地にて果実を喰らうアダムとイヴ・・
以降、人は欲望のまま求め、快楽の味をすすり、己の保身と我貫の下に生きてきた。
近代、それは人間の英知と能力によって更に、「欲望と快楽」を増幅させ、神との契約
ではなく、金銭の対価契約によって行動する他に類を見ない動物へと化身した。

「いつからこんな世の中になったんだ・・?」

うむ、すでに審判は下されたかも・・・
では、その終焉のときに、いや穏やかな終末が訪れるように、

ほんの一言だけ、みんなで・・・

「I LOVE YOU」 ・・・ よろしく!


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2009.10.21 Top↑