ホント、ボクの工学的思考精度はヒドイもんだ・・(><
工学的思考・・ものごとを組み立て精査する意識、疑問から生ずる事項を興味に変換する探求心。
このblogには、「拍手ボタン」が各項最後尾に付いているが、このボタン内にメッセージを
書き込める欄があることを馴染みの会員から聞き、初めてその存在を知った次第である。
もう3年も続けているblogだが、好き勝手に書き述べるだけで、せいぜいコメントが入ったとき
のみ返信差し上げていたぐらいの使途である。
アフリエイトとかコミュニティーとか、その他種々の付帯されるサービスは使ったことがない。
普通はやり始めたら、「興味」からいろいろ試したくなるのだろうが、ボクにはそれがない。
この思考はギター演奏にも類似するところで、音色とか質感とかあまり興味がないソレと接迫している。
書くことや弾くことがその欲求を充たすところで、「形造る」というテクニカルな分野での作業は
「得意、不慣れ」の思考ではなく、必要不必要の基本的な思考概念に至る部分が大きいのである。
書きやすく読めればよい、弾きやすく音が出ればよい・・・それ以上の欲求はボクにはない(^^)/
だが、それが自分ひとりだけの影響で済むのであればよいが、他人に悪影響を及ぼすものとなれば
そうも言ってられない。 コメントもそのひとつ! せっかく頂いたメッセージに返事も書かずに
いたとすれば、あきらかに無礼であり残悔の極みでもある。それが低能な工学的思考だとしても、だ。
「店長のblogにメッセージ入れといたよ」
このblogの記事コメントかと思い探してみたが、それらしきコメントは見当たらなかったことが発端。
「拍手ボタン」にコメントが入れられることを知るきっかけがこれである・・・そしてlogを開いた、ら
おぉぉっ!!多くのメッセージが刻まれていたではないかぁっ! 2年放置していたコメもある(><;
それではこの場にて2008年から2010年1月まで、拍手ボタンにコメントを頂いた方々へ
謝辞と同時にお礼を申し上げたいと思うです・・m(__)m
国内・・
Booちゃん、チーさん、Kさん、issueさん、マーさん、燐花楼さん、
リドニート・スコッシさん、Maumouさん、専大ジプシー民族研究会さん、東風寮さん、
菅原先生(たいへん失礼しました、ペコ)、松原音楽教室さん、ミドリさん、ギンレイ館員さん、
higさん、goobeeさん、テンさん、高商シネマ研究会さん、タチツテトラ男さん、Zackさん
tomtomさん、やましたさん、フェンダ蘭さん、bapieさん、とよしさん、・・
海外・・
リヨンのマコトさん、ハーグのサツキさん、LAのMike、・・来日の際はまたお立ち寄り下さい!
の、みなさま
コメントどうもありがとうございます!
今後とも宜しくお付き合い下さい(__)
工学的思考・・ものごとを組み立て精査する意識、疑問から生ずる事項を興味に変換する探求心。
このblogには、「拍手ボタン」が各項最後尾に付いているが、このボタン内にメッセージを
書き込める欄があることを馴染みの会員から聞き、初めてその存在を知った次第である。
もう3年も続けているblogだが、好き勝手に書き述べるだけで、せいぜいコメントが入ったとき
のみ返信差し上げていたぐらいの使途である。
アフリエイトとかコミュニティーとか、その他種々の付帯されるサービスは使ったことがない。
普通はやり始めたら、「興味」からいろいろ試したくなるのだろうが、ボクにはそれがない。
この思考はギター演奏にも類似するところで、音色とか質感とかあまり興味がないソレと接迫している。
書くことや弾くことがその欲求を充たすところで、「形造る」というテクニカルな分野での作業は
「得意、不慣れ」の思考ではなく、必要不必要の基本的な思考概念に至る部分が大きいのである。
書きやすく読めればよい、弾きやすく音が出ればよい・・・それ以上の欲求はボクにはない(^^)/
だが、それが自分ひとりだけの影響で済むのであればよいが、他人に悪影響を及ぼすものとなれば
そうも言ってられない。 コメントもそのひとつ! せっかく頂いたメッセージに返事も書かずに
いたとすれば、あきらかに無礼であり残悔の極みでもある。それが低能な工学的思考だとしても、だ。
「店長のblogにメッセージ入れといたよ」
このblogの記事コメントかと思い探してみたが、それらしきコメントは見当たらなかったことが発端。
「拍手ボタン」にコメントが入れられることを知るきっかけがこれである・・・そしてlogを開いた、ら
おぉぉっ!!多くのメッセージが刻まれていたではないかぁっ! 2年放置していたコメもある(><;
それではこの場にて2008年から2010年1月まで、拍手ボタンにコメントを頂いた方々へ
謝辞と同時にお礼を申し上げたいと思うです・・m(__)m
国内・・
Booちゃん、チーさん、Kさん、issueさん、マーさん、燐花楼さん、
リドニート・スコッシさん、Maumouさん、専大ジプシー民族研究会さん、東風寮さん、
菅原先生(たいへん失礼しました、ペコ)、松原音楽教室さん、ミドリさん、ギンレイ館員さん、
higさん、goobeeさん、テンさん、高商シネマ研究会さん、タチツテトラ男さん、Zackさん
tomtomさん、やましたさん、フェンダ蘭さん、bapieさん、とよしさん、・・
海外・・
リヨンのマコトさん、ハーグのサツキさん、LAのMike、・・来日の際はまたお立ち寄り下さい!
の、みなさま
コメントどうもありがとうございます!
今後とも宜しくお付き合い下さい(__)
2010.01.31 Top↑
映画好きのお馴染みさんの一言、
「コレ、観る人なんかいるの?」
ボクは昔から仕入れは自らが納得した作品のみを選別している。
たとえ大宣伝を施され著名な俳優陣が出演している映画でも、「作品の質」が低いものは入れない。
映画は宣伝の大小で内容や本質がわかるものでもないし、ましてやその評価の証であるはずもない。
TVや新聞あるいは雑誌で取り上げられる、「オススメ作品」と冠を付けられた映画のほとんどが、
その媒体に宣伝料を支払ったものである。一般の方々はそれらを「良い作品」と勘違いしてしまう。
日本中の劇場で大資本娯楽作品が中心となるのはこの温床があるからだ。
だが、それらが本当に心に響く良い映画ならともかく、内容より画面感ばかり旺盛な映画であったとき、
「なんだか、ね・・」と落胆してしまう観者がいないとも限らない。これが度々続くと、「どうせまた・・」
の思考が先行し映画バナレを起こすことになりかねない。映画界全体の問題に発展する危険すらある。
劇場が苦戦を強いられているのも、実は永きに渉る「眼先の利益主義」に業界が走った疑念アリ、だ!
マディー・ウォターズ、リトル・ウォーター、エタ・ジェイムズ、ハウリン・ウルフ、チャック・ベリー
この名前が出てくるだけでテンションが増幅してしまうぜっ!
2009年 アメリカ映画
監督:ダーネル・マーチン
制作指揮:ビヨンセ
出演:エイドリアン・ブロディ、ジェフリー・ライト、コロンバス・ショート、ビヨンセ・ノウルズ
キャデラック・レコード

bluse、アメリカで暮す黒人たちが喜怒哀楽を音楽にしたためた音楽分類名だ。
ブルースと呼ぶが、日本歌謡曲の××ブルースとは違うので、あらかじめ確認させてもらう。
アメリカの建国の歴史と帯同してきた歴史ある音楽だと言っても過言ではないだろう。
アフリカから労働奴隷として新天地へ渡り、その運命の過酷を自ら悲哀として歌った詩、bluse。
それは、西洋音楽の聴感を持つ白人たちと打器による生活風習を持つ黒人たちがこの地で歴史的出会いを果し、後のJAZZ音楽の創造に発展したものである。
「コード進行」・・・JAZZ音楽の基本的楽式であるが、今日ポピュラー音楽の全てがこのコード
進行で作られていることを探るにあたり、まさしく近代音楽史に刻まれる芸術の誕生であり、音楽のみ
ならず、あらゆる分野に影響を与えた、「文化」であると確信されるものだ。
そのbluseを歌い、アメリカに於いて、いや世界に発信したミュージシャンたちの活躍を印した映画、
それが「キャデラック・レコード」である。
上記に挙げたミュージシャンたちはbluseファンなら知らない人はいない。
ビートルズもプレスリーもストーンズも、マイケル・ジャクソン(当たり前)も彼らの「魂の叫び」に
共鳴し、自らの音楽に転化し大成功を収めたのである。(文句無しよ!)
歌だけではない。ギター、特にエレキギター(笑)の現在に至る全ての奏法は、bluse演奏家たちが
培ってきた「ハーフノートや三度和音、チョーキング」等の技術的手法によるものだ。(文句無しよ!)
ちなみにビヨンセ、彼女は最初出演者ではなく制作者として参加するつもりだったらしいが、周りの
黒人演奏家たちから、「エタ・ジョーンズは君しかいない」と推され出演に応じた経緯だったという。
この映画で唄われるビヨンセの歌は、まさしくbluseであり、その至心は遥か遠い昔、奴隷として
連れてこられた黒人たちの背負った運命への哀歌として映しだされるものだった。
ボクは映画、「ドリームガールズ」の出演者ぐらいにしか彼女を知らなかったが、
現在のブラックミュージック発展に寄与した音楽家たちを探り、精査したうえで「論文」に仕上げた
エピソードを知るにあたり、「ただ者ではない歌手」の存在を確認させてもらった映画でもある。
「コレ、観る人なんかいるの?」・・・ビヨンセぐらいなら知ってるけど・・
いいんです! ボクが観ますから! 映画の質ですか? コレについては関係ないです!
映画の本質は内容のクォリティーですが、ときには歴史の回想という使命も加えられるものなのです。
ええ、bluseに興味のない方々にはオススメしません。
でも、お気に入りのポップスミュージシャンたちが奏でる全ての完成形の祖は、
このbluseであると吠えてみますので、こちらの興味があるのであれば、ご覧いただきたい逸本です!
あ、ストーリー書くのを忘れましたが、そんなの・・・・関係ないです、と言わせていただく!!

「コレ、観る人なんかいるの?」
ボクは昔から仕入れは自らが納得した作品のみを選別している。
たとえ大宣伝を施され著名な俳優陣が出演している映画でも、「作品の質」が低いものは入れない。
映画は宣伝の大小で内容や本質がわかるものでもないし、ましてやその評価の証であるはずもない。
TVや新聞あるいは雑誌で取り上げられる、「オススメ作品」と冠を付けられた映画のほとんどが、
その媒体に宣伝料を支払ったものである。一般の方々はそれらを「良い作品」と勘違いしてしまう。
日本中の劇場で大資本娯楽作品が中心となるのはこの温床があるからだ。
だが、それらが本当に心に響く良い映画ならともかく、内容より画面感ばかり旺盛な映画であったとき、
「なんだか、ね・・」と落胆してしまう観者がいないとも限らない。これが度々続くと、「どうせまた・・」
の思考が先行し映画バナレを起こすことになりかねない。映画界全体の問題に発展する危険すらある。
劇場が苦戦を強いられているのも、実は永きに渉る「眼先の利益主義」に業界が走った疑念アリ、だ!
マディー・ウォターズ、リトル・ウォーター、エタ・ジェイムズ、ハウリン・ウルフ、チャック・ベリー
この名前が出てくるだけでテンションが増幅してしまうぜっ!
2009年 アメリカ映画
監督:ダーネル・マーチン
制作指揮:ビヨンセ
出演:エイドリアン・ブロディ、ジェフリー・ライト、コロンバス・ショート、ビヨンセ・ノウルズ
キャデラック・レコード

bluse、アメリカで暮す黒人たちが喜怒哀楽を音楽にしたためた音楽分類名だ。
ブルースと呼ぶが、日本歌謡曲の××ブルースとは違うので、あらかじめ確認させてもらう。
アメリカの建国の歴史と帯同してきた歴史ある音楽だと言っても過言ではないだろう。
アフリカから労働奴隷として新天地へ渡り、その運命の過酷を自ら悲哀として歌った詩、bluse。
それは、西洋音楽の聴感を持つ白人たちと打器による生活風習を持つ黒人たちがこの地で歴史的出会いを果し、後のJAZZ音楽の創造に発展したものである。
「コード進行」・・・JAZZ音楽の基本的楽式であるが、今日ポピュラー音楽の全てがこのコード
進行で作られていることを探るにあたり、まさしく近代音楽史に刻まれる芸術の誕生であり、音楽のみ
ならず、あらゆる分野に影響を与えた、「文化」であると確信されるものだ。
そのbluseを歌い、アメリカに於いて、いや世界に発信したミュージシャンたちの活躍を印した映画、
それが「キャデラック・レコード」である。
上記に挙げたミュージシャンたちはbluseファンなら知らない人はいない。
ビートルズもプレスリーもストーンズも、マイケル・ジャクソン(当たり前)も彼らの「魂の叫び」に
共鳴し、自らの音楽に転化し大成功を収めたのである。(文句無しよ!)
歌だけではない。ギター、特にエレキギター(笑)の現在に至る全ての奏法は、bluse演奏家たちが
培ってきた「ハーフノートや三度和音、チョーキング」等の技術的手法によるものだ。(文句無しよ!)
ちなみにビヨンセ、彼女は最初出演者ではなく制作者として参加するつもりだったらしいが、周りの
黒人演奏家たちから、「エタ・ジョーンズは君しかいない」と推され出演に応じた経緯だったという。
この映画で唄われるビヨンセの歌は、まさしくbluseであり、その至心は遥か遠い昔、奴隷として
連れてこられた黒人たちの背負った運命への哀歌として映しだされるものだった。
ボクは映画、「ドリームガールズ」の出演者ぐらいにしか彼女を知らなかったが、
現在のブラックミュージック発展に寄与した音楽家たちを探り、精査したうえで「論文」に仕上げた
エピソードを知るにあたり、「ただ者ではない歌手」の存在を確認させてもらった映画でもある。
「コレ、観る人なんかいるの?」・・・ビヨンセぐらいなら知ってるけど・・
いいんです! ボクが観ますから! 映画の質ですか? コレについては関係ないです!
映画の本質は内容のクォリティーですが、ときには歴史の回想という使命も加えられるものなのです。
ええ、bluseに興味のない方々にはオススメしません。
でも、お気に入りのポップスミュージシャンたちが奏でる全ての完成形の祖は、
このbluseであると吠えてみますので、こちらの興味があるのであれば、ご覧いただきたい逸本です!
あ、ストーリー書くのを忘れましたが、そんなの・・・・関係ないです、と言わせていただく!!
2010.01.30 Top↑
自作ギター演奏blog → びでお屋の音綴り
上記、オリコン・スターブログなるWebサイトで開設したボクの音楽系blogである。
ここはUPした音源が携帯電話でも聴けるということで、今月9日に新たに立ち上げたものだが・・
昨日、トップページのジャンル別項
アクセスランキング24位
に掲載されていた・・・ビックリした!
ボクの音楽系blogは2年前から、「びでお屋のオヤジの音綴り」で自作曲をギターで弾いていたが、
会員からの、「携帯電話で聴けない」との声に、対応策として種々の他blogサイトを探していたものだ。
音や映像をUPできるblogはけっこうあるが、これらを携帯電話でも利用できるサイトとなると、スタブロか
gooブログしかなく、大量にUPするとなると容量的にgooよりスタブロの方が断然有利だったのだ。
スタブロの宣伝をしてもしょうがないが、ここのblogは有名人がオフィシャルで活用している
アメーバblog 同様なノリの、「メジャー志向の強い」blogである。
音楽ランキング情報社、「オリコン」主催なので歌手やタレント等のオフィシャルblogも多く見られる。
ちょっとボクと主旨が違うblogかな?、と始めてはみたが、まさか2週間チョイでランキングに入る
とは思ってもみなかった。単純に一日のアクセス数の上位のblogがランクインされるというが、
アクセス数527の数値は判るものの誰が聴きにきているかなど詳細は不明ではある・・
ま、お遊びゴトで子供のように歓ぶトシでもないが、悪い気分ではないのは確かだ。

上記、オリコン・スターブログなるWebサイトで開設したボクの音楽系blogである。
ここはUPした音源が携帯電話でも聴けるということで、今月9日に新たに立ち上げたものだが・・
昨日、トップページのジャンル別項
アクセスランキング24位
に掲載されていた・・・ビックリした!
ボクの音楽系blogは2年前から、「びでお屋のオヤジの音綴り」で自作曲をギターで弾いていたが、
会員からの、「携帯電話で聴けない」との声に、対応策として種々の他blogサイトを探していたものだ。
音や映像をUPできるblogはけっこうあるが、これらを携帯電話でも利用できるサイトとなると、スタブロか
gooブログしかなく、大量にUPするとなると容量的にgooよりスタブロの方が断然有利だったのだ。
スタブロの宣伝をしてもしょうがないが、ここのblogは有名人がオフィシャルで活用している
アメーバblog 同様なノリの、「メジャー志向の強い」blogである。
音楽ランキング情報社、「オリコン」主催なので歌手やタレント等のオフィシャルblogも多く見られる。
ちょっとボクと主旨が違うblogかな?、と始めてはみたが、まさか2週間チョイでランキングに入る
とは思ってもみなかった。単純に一日のアクセス数の上位のblogがランクインされるというが、
アクセス数527の数値は判るものの誰が聴きにきているかなど詳細は不明ではある・・
ま、お遊びゴトで子供のように歓ぶトシでもないが、悪い気分ではないのは確かだ。
2010.01.26 Top↑
ボクのこのblog記事を初めて他人の媒体で読んだ。当店会員の携帯電話からである。
自身のPCでしか読んだことがなかったので、携帯電話からでも読める事実には驚きだった。
自分で書いたblog記事・・・書き上げてしまうとほとんど読み返さない(><
頻繁に更新している方なら自筆の修正を含め自blogを確認するのだろうが、
ボクは「書くこと」が満足なのであり、UPされた記事に趣向的意識は働かないのである。
「文字を書くのが好き」、この根拠となる過程がある。
もの心ついたあたり、小学生あたり・・?
ボクはほとんど外で遊ぶということはしなかった・・(−−;
別にイジメられていたとか精神的に歪な子供だったわけではないが、
学校から帰ると自室に直行し、本やマンガを読むのが大好きだった。
親の懐古話を聞くと4〜5才ぐらいから、「その癖」はあったらしいが、キンダーブックや
小学館などの絵本をひとり朗読していたという。あまり記憶にないが、情操教育環境に生まれた
わけではないのに、「字を読んでいた」ことに後の世、我ながら驚いたものだ。
難儀なく、「字を書く」。この思考はこの辺りから由来しているかな、と自査するところである。
ただし、「好き勝手に書く」という条件下であることは、薄識露感のかぎりではあるが・・(汗
今日は当blogが携帯電話で読めることを教えてくれた会員も大絶賛の作品を紹介しよう。
1999年 フランス、カナダ合同映画
監督:パトリス・ル・コント
出演:ジュリエット・ピノシェ、ダニエル・オトゥーユ、エミール・クストリッツァ
サン・ピエールの未亡人

(プチストーリー)
19世紀半ば、カナダ沖にあるフランス領 サン・ピエール島。
この島で事件が発生する。粗暴な男ニールが酒の勢いあまって人を殺してしまった。
逮捕された彼は裁判で死刑を宣告される。だがこの島の統治国フランスの死刑因処刑はギロチン(首断刑)であったが、島にその設備がなく、はるばる本国から取り寄せることになる。その間の死刑囚ニールの処遇は島の守備隊長ジャンに一任される。ジャンはニールに妻のポリーヌの世話係りを命令した。
もともと粗暴だが根は善良なニールはポリーヌ夫人の溢れる慈愛にしだいに感化されていくのだった。
生まれて初めて「人としての道」を学んでいくニール。だがやがてフランス本国よりギロチン台を
積んだ船が沖合いに現れる・・・死刑囚ニール自らその積載船からの「荷物」を受け取りにいくのだが・・
人間の深い思慮と運命の糧を浮き彫りにする描写は、名称ル・コントならではの映像美と表現感覚から
由来するもの。エンドロール終了後も続く余韻に誰もが心を揺さぶられる一級の名作である。
パトリス・ル・コント・・もう何回もblogに登場しているボクの大好きな映画監督だ。
彼の監督するすべての映画は、「人間のありさま」を深々と追求する姿勢が随所に見え隠れするものだ。
男と女であったり家族であったり、登場人物や環境こそ違え、「身近な出来事」をネタにする設定が多い。
だが、この映画に関していえば彼の作風には珍しい、「純文芸作品」に仕上げているところだ。
19世紀という前々世紀の時代背景もあり現代劇とは違う描写をしなければならない観点もあるが、
広大な土地でのロケや海原に漂う帆船の豪華さなど、大スペクタクル映画にも引けをとらない映像は、
この作品で語られる主観をよりいっそう鮮明にするものであり、重厚感溢れる文芸作品に欠かせない
「美感」を観者に与える逸品となっている。
ときには至上の愛も運命には逆らえないこともある・・(パトリス・ル・コント制作コメントより)
「ありがちな日常」を描いたら右に出るもの無し、の、ル・コント評・・
文芸作品ではあるが、このあたりのオトシドコロも流石でござる!

PR:携帯でも聴けるボクの自作曲ギター演奏blog → びでお屋の音綴り
自身のPCでしか読んだことがなかったので、携帯電話からでも読める事実には驚きだった。
自分で書いたblog記事・・・書き上げてしまうとほとんど読み返さない(><
頻繁に更新している方なら自筆の修正を含め自blogを確認するのだろうが、
ボクは「書くこと」が満足なのであり、UPされた記事に趣向的意識は働かないのである。
「文字を書くのが好き」、この根拠となる過程がある。
もの心ついたあたり、小学生あたり・・?
ボクはほとんど外で遊ぶということはしなかった・・(−−;
別にイジメられていたとか精神的に歪な子供だったわけではないが、
学校から帰ると自室に直行し、本やマンガを読むのが大好きだった。
親の懐古話を聞くと4〜5才ぐらいから、「その癖」はあったらしいが、キンダーブックや
小学館などの絵本をひとり朗読していたという。あまり記憶にないが、情操教育環境に生まれた
わけではないのに、「字を読んでいた」ことに後の世、我ながら驚いたものだ。
難儀なく、「字を書く」。この思考はこの辺りから由来しているかな、と自査するところである。
ただし、「好き勝手に書く」という条件下であることは、薄識露感のかぎりではあるが・・(汗
今日は当blogが携帯電話で読めることを教えてくれた会員も大絶賛の作品を紹介しよう。
1999年 フランス、カナダ合同映画
監督:パトリス・ル・コント
出演:ジュリエット・ピノシェ、ダニエル・オトゥーユ、エミール・クストリッツァ
サン・ピエールの未亡人

(プチストーリー)
19世紀半ば、カナダ沖にあるフランス領 サン・ピエール島。
この島で事件が発生する。粗暴な男ニールが酒の勢いあまって人を殺してしまった。
逮捕された彼は裁判で死刑を宣告される。だがこの島の統治国フランスの死刑因処刑はギロチン(首断刑)であったが、島にその設備がなく、はるばる本国から取り寄せることになる。その間の死刑囚ニールの処遇は島の守備隊長ジャンに一任される。ジャンはニールに妻のポリーヌの世話係りを命令した。
もともと粗暴だが根は善良なニールはポリーヌ夫人の溢れる慈愛にしだいに感化されていくのだった。
生まれて初めて「人としての道」を学んでいくニール。だがやがてフランス本国よりギロチン台を
積んだ船が沖合いに現れる・・・死刑囚ニール自らその積載船からの「荷物」を受け取りにいくのだが・・
人間の深い思慮と運命の糧を浮き彫りにする描写は、名称ル・コントならではの映像美と表現感覚から
由来するもの。エンドロール終了後も続く余韻に誰もが心を揺さぶられる一級の名作である。
パトリス・ル・コント・・もう何回もblogに登場しているボクの大好きな映画監督だ。
彼の監督するすべての映画は、「人間のありさま」を深々と追求する姿勢が随所に見え隠れするものだ。
男と女であったり家族であったり、登場人物や環境こそ違え、「身近な出来事」をネタにする設定が多い。
だが、この映画に関していえば彼の作風には珍しい、「純文芸作品」に仕上げているところだ。
19世紀という前々世紀の時代背景もあり現代劇とは違う描写をしなければならない観点もあるが、
広大な土地でのロケや海原に漂う帆船の豪華さなど、大スペクタクル映画にも引けをとらない映像は、
この作品で語られる主観をよりいっそう鮮明にするものであり、重厚感溢れる文芸作品に欠かせない
「美感」を観者に与える逸品となっている。
ときには至上の愛も運命には逆らえないこともある・・(パトリス・ル・コント制作コメントより)
「ありがちな日常」を描いたら右に出るもの無し、の、ル・コント評・・
文芸作品ではあるが、このあたりのオトシドコロも流石でござる!
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2010.01.25 Top↑
最近こんなニュース記事が載っていた。
東京にある単館映画館、シネマ・ライズ 頼光裕社長の、「宣戦」記事だ。
渋谷にあるシネマ・ライズは勿論、何回も観にいった映画館である。
都内にあるミニシアター系でも特に、「拘り」を持って作品を上映する映画館だということは
前から薄々感じてはいたが、その発言を知るにあたり、それは「確信」へと繋がったものだ。
「良質なアートである映画の灯火を消してはならない!」
現状の日本映画界を取巻く環境への宣戦とも取らえられる強烈強固な信念に基づく発言。
端尺するとこうだ。
とくに日本の映画業界は厳しい状況下にある。
映画に携る各業界は事業である以上、利益を上げなければならない背腹であることは充分理解しているが、求めて映画を観る方々に良質で芸術性の高い映画を配給できない現況に危機感を持っている。
売れる映画を餞別し入館者を増やす計画ばかりが先行し、本来の「業」とはかけ離れた企画が目立つ。
そもそも我々の仕事は創生された文化を扱っているのであり、それを広く一般の方々に公開する義務と責任の下に事業展開すべきものである。もし仮に、ご覧になりたい映画が近所の映画館で観ることができない、又は日本の映画館では観られない状況になったとしたら、それは我々業界全体の失態であり、取り返しのつかない「文化の消失」である。この危惧を我々全員が共有し危機感をもって諸般に対処すべきときが来ている。
前章を抜粋するとこんな感じである。
まさしくボクがこのblogで前々より述べてきた、「映画価値の消失危機」を語っているもの。
これだけでも映画の価値観が同じ方がいたことに歓嬉したし、また勇気づけられもしたものだ。
正直、日本人は映画に対してあまり価値を見出してはいない、と思うときもある。
不景気の昨今、映画より生活が当然のごとく優先される。どの国も経済不況ではあるが、
日本を除く先進国の劇場配給収益が確実に伸びている数値が語っている、と揶揄してみたり・・・
だが・・・
国民性と言ってしまえばそれまでだが、「おくりびと」が公開当初パラパラだったものが、米国アカデミー賞の外国映画賞に選ばれたとたん、全国の映画館で上映されるようになり、大勢の観客が求めてこの映画をご覧になったのである。「良い」確信がないと手を出さない、「固い国民」と評価される由縁だ。
つまり・・・芸術性とか「美」に対する感性が乏しいとかの尺度以前に、
日本人ほど、「良質」を求める国民は他にはいない、これを業界の指針にすべきではないか?
劇場主をはじめこの映画を配給する映画会社の、「自信と信念」の欠落を露見した実例ではないか?
本当に良い作品こそ諸経費をかけ、「愚作品ならお金を返します」ぐらいの器量を持つべきではないか?
と、映画業界の「映画に対する至心の低さ」に思わず吠えてしまうのである。
そしてそれは、その根底にある映画関連会社の事業形態のひとつでもある「構成員」へと派生するものであり、有名大学出ようが良家の出だろうが、コネだろうが金品だろうが、なんだろうが、
映画の知識がないヤツらを入社させるな!
にまで、発展してしまうのである。これは単純かつ最も重要な映画業界全体の基礎を培うものだ。
「映画は文化、芸術であり感性の優れた専門家が創るもの」
この価値と尺度を見出せずして映画の配給などできるハズもない!
シネマ・ライズの頼社長は現状の日本の映画界が措かれる立場に危惧を感じ、ひとつの挑戦をした。
それは、劇場が単独で映画を買い付けそれを広く一般に公開するという前人未到な行動である。
そもそも一般公開映画は国内国外を含め配給会社が買い付けをし、それを全国の映画館に配給する。
だが、冒頭で述べたとおり配給会社も不況の煽りをくらい、コストが安く「売れそうな映画」を選別する
業界の時勢に、映画館主たる「義務と責任」を日々思い悩んでいたという。
きっかけとなった映画、「フローズン・リヴァー」はサンダンス映画祭をはじめ世界中で高評価を集め、
頼社長も米国でこの映画を観て感動したそうだ。だが、配給先から日本での公開予定はない、
と聞き驚いたという。「先進国で劇場公開されないのは日本だけ」・・彼にとってまさに悲劇であった!
「ボクの映画館が配給元になろう」
決断は早かったそうだ。「良質な作品」であること、なにより彼の信念と孤高の精神が行動を掻き立てた。
頼社長はこの「フローズン・リヴァー」を自館単独で買い付け、同時に配給元となり順次全国の劇場で
公開していくという。配給元の米国アステア社の協力も一筆に添えられる功勲である。
また新たな試みとして、「オンデマンド」による配信も同時に行う。これは彼の挑戦のひとつでもあるが、
メディアの変境は時代と共に移り行くもの、ネット配信や他メディアを、「劇場の敵」にするのではなく、
「良質な映画を広く大衆に公開する」理念は、些細な利害関係をも完全に否定する試みと評価される。
映画の配給権利料など詳細は不明だが、配給料を払っていた立場の何十倍もの費用
だと予測される。これも彼の自信の裏付けと、ライズビルをはじめ宇田川界隈のビルや不動産の
オーナーという社会的地位と潤沢な資本力があればこそだと思うが、その勇気に敬服したい!
2008年 アメリカ映画
監督脚本:コートニー・ハント
出演:メリッサ・レオ、ミスティ・アップハム、チャーリー・マクダーモット、マイケル・オキーフ
フローズン・リヴァー

プチストーリー(未鑑賞なのでgoo映画紹介記事より私感を交え抜粋する)
ニューヨーク州の最北部で、夫と息子2人とトレーラーハウスで暮らすレイは、もっと広い家を購入するための貯金を夫に持ち逃げされ、パニックに陥る。支払期日のクリスマスまでにお金を稼ぐべく、レイはモホーク族インディアンの主婦、ライラと手を結ぶ。2人が始めたビジネス、それは中国やパキスタンからの移民をカナダ側で車のトランクに乗せ、冬の寒さで凍りついたセント・ローレンス川を駆け抜け、アメリカへ不法入国させるというものだった。ビジネスは順調にすすみ、レイが新居を買うために必要なお金はすぐに溜まりそうな勢いだった。だが、最後と誓った国境越えの仕事で、事態は思わぬ方向に転ぶ。さて二人の主婦の運命やいかに・・
社会の底辺で暮す人々に光をあて、そのイキザマと、あきらめず「かすかな希望」を求め心を寄せ合う姿は、感動のラストシーンへと導いていく。(ここは原作を読んだ私の予測的感想)
2010年 1月30日 渋谷シネマ・ライズにて日本初公開
勿論、ボクは行く。もし頼社長に会える環境にあるようなら、ゲリラしてでも、「称賛」を伝えようと思う!

東京にある単館映画館、シネマ・ライズ 頼光裕社長の、「宣戦」記事だ。
渋谷にあるシネマ・ライズは勿論、何回も観にいった映画館である。
都内にあるミニシアター系でも特に、「拘り」を持って作品を上映する映画館だということは
前から薄々感じてはいたが、その発言を知るにあたり、それは「確信」へと繋がったものだ。
「良質なアートである映画の灯火を消してはならない!」
現状の日本映画界を取巻く環境への宣戦とも取らえられる強烈強固な信念に基づく発言。
端尺するとこうだ。
とくに日本の映画業界は厳しい状況下にある。
映画に携る各業界は事業である以上、利益を上げなければならない背腹であることは充分理解しているが、求めて映画を観る方々に良質で芸術性の高い映画を配給できない現況に危機感を持っている。
売れる映画を餞別し入館者を増やす計画ばかりが先行し、本来の「業」とはかけ離れた企画が目立つ。
そもそも我々の仕事は創生された文化を扱っているのであり、それを広く一般の方々に公開する義務と責任の下に事業展開すべきものである。もし仮に、ご覧になりたい映画が近所の映画館で観ることができない、又は日本の映画館では観られない状況になったとしたら、それは我々業界全体の失態であり、取り返しのつかない「文化の消失」である。この危惧を我々全員が共有し危機感をもって諸般に対処すべきときが来ている。
前章を抜粋するとこんな感じである。
まさしくボクがこのblogで前々より述べてきた、「映画価値の消失危機」を語っているもの。
これだけでも映画の価値観が同じ方がいたことに歓嬉したし、また勇気づけられもしたものだ。
正直、日本人は映画に対してあまり価値を見出してはいない、と思うときもある。
不景気の昨今、映画より生活が当然のごとく優先される。どの国も経済不況ではあるが、
日本を除く先進国の劇場配給収益が確実に伸びている数値が語っている、と揶揄してみたり・・・
だが・・・
国民性と言ってしまえばそれまでだが、「おくりびと」が公開当初パラパラだったものが、米国アカデミー賞の外国映画賞に選ばれたとたん、全国の映画館で上映されるようになり、大勢の観客が求めてこの映画をご覧になったのである。「良い」確信がないと手を出さない、「固い国民」と評価される由縁だ。
つまり・・・芸術性とか「美」に対する感性が乏しいとかの尺度以前に、
日本人ほど、「良質」を求める国民は他にはいない、これを業界の指針にすべきではないか?
劇場主をはじめこの映画を配給する映画会社の、「自信と信念」の欠落を露見した実例ではないか?
本当に良い作品こそ諸経費をかけ、「愚作品ならお金を返します」ぐらいの器量を持つべきではないか?
と、映画業界の「映画に対する至心の低さ」に思わず吠えてしまうのである。
そしてそれは、その根底にある映画関連会社の事業形態のひとつでもある「構成員」へと派生するものであり、有名大学出ようが良家の出だろうが、コネだろうが金品だろうが、なんだろうが、
映画の知識がないヤツらを入社させるな!
にまで、発展してしまうのである。これは単純かつ最も重要な映画業界全体の基礎を培うものだ。
「映画は文化、芸術であり感性の優れた専門家が創るもの」
この価値と尺度を見出せずして映画の配給などできるハズもない!
シネマ・ライズの頼社長は現状の日本の映画界が措かれる立場に危惧を感じ、ひとつの挑戦をした。
それは、劇場が単独で映画を買い付けそれを広く一般に公開するという前人未到な行動である。
そもそも一般公開映画は国内国外を含め配給会社が買い付けをし、それを全国の映画館に配給する。
だが、冒頭で述べたとおり配給会社も不況の煽りをくらい、コストが安く「売れそうな映画」を選別する
業界の時勢に、映画館主たる「義務と責任」を日々思い悩んでいたという。
きっかけとなった映画、「フローズン・リヴァー」はサンダンス映画祭をはじめ世界中で高評価を集め、
頼社長も米国でこの映画を観て感動したそうだ。だが、配給先から日本での公開予定はない、
と聞き驚いたという。「先進国で劇場公開されないのは日本だけ」・・彼にとってまさに悲劇であった!
「ボクの映画館が配給元になろう」
決断は早かったそうだ。「良質な作品」であること、なにより彼の信念と孤高の精神が行動を掻き立てた。
頼社長はこの「フローズン・リヴァー」を自館単独で買い付け、同時に配給元となり順次全国の劇場で
公開していくという。配給元の米国アステア社の協力も一筆に添えられる功勲である。
また新たな試みとして、「オンデマンド」による配信も同時に行う。これは彼の挑戦のひとつでもあるが、
メディアの変境は時代と共に移り行くもの、ネット配信や他メディアを、「劇場の敵」にするのではなく、
「良質な映画を広く大衆に公開する」理念は、些細な利害関係をも完全に否定する試みと評価される。
映画の配給権利料など詳細は不明だが、配給料を払っていた立場の何十倍もの費用
だと予測される。これも彼の自信の裏付けと、ライズビルをはじめ宇田川界隈のビルや不動産の
オーナーという社会的地位と潤沢な資本力があればこそだと思うが、その勇気に敬服したい!
2008年 アメリカ映画
監督脚本:コートニー・ハント
出演:メリッサ・レオ、ミスティ・アップハム、チャーリー・マクダーモット、マイケル・オキーフ
フローズン・リヴァー

プチストーリー(未鑑賞なのでgoo映画紹介記事より私感を交え抜粋する)
ニューヨーク州の最北部で、夫と息子2人とトレーラーハウスで暮らすレイは、もっと広い家を購入するための貯金を夫に持ち逃げされ、パニックに陥る。支払期日のクリスマスまでにお金を稼ぐべく、レイはモホーク族インディアンの主婦、ライラと手を結ぶ。2人が始めたビジネス、それは中国やパキスタンからの移民をカナダ側で車のトランクに乗せ、冬の寒さで凍りついたセント・ローレンス川を駆け抜け、アメリカへ不法入国させるというものだった。ビジネスは順調にすすみ、レイが新居を買うために必要なお金はすぐに溜まりそうな勢いだった。だが、最後と誓った国境越えの仕事で、事態は思わぬ方向に転ぶ。さて二人の主婦の運命やいかに・・
社会の底辺で暮す人々に光をあて、そのイキザマと、あきらめず「かすかな希望」を求め心を寄せ合う姿は、感動のラストシーンへと導いていく。(ここは原作を読んだ私の予測的感想)
2010年 1月30日 渋谷シネマ・ライズにて日本初公開
勿論、ボクは行く。もし頼社長に会える環境にあるようなら、ゲリラしてでも、「称賛」を伝えようと思う!
2010.01.21 Top↑
未来を築く子供たちや若者たちが、夢と希望を持てる国家では、もはやない!?
ボクが日本国家の行く末の憂いを述べたところで変わるものでもないが・・・
確実に言えることは、ボクらがロートルエイジになったとき国家補償が現在の半分にも満たない
状況になっている、という疑いが最近あったので述べてみる。
まさか!?・・・では、その予想的実例を述べよう
日本の翼、JALが経営破綻をし早ければ19日にも会社更生法申請を裁判所に出すそうだ。
いわゆる、「倒産」である。負債総額が2兆円という戦後最大の企業倒産である。
マスコミ情報の企業再生機構の再生策によると、日航の社員2万4千人中、1万5千人を解雇する。
倒産なので本来は企業規定の退職金などはもらえないのだが、日航は元々国家がその創設に資金を投じた会社である。民間委譲してもなお政府保有株式も50%あった。このへんは現JRと同じだ。
それなりの「手当て」は施配されるだろうが、倒産の負い目を請け企業再生機構が継続経営の条件として
提示する以上、規定退職金とまではいかない。純民間企業ならば本来「ゼロ」、むしろ優遇処置である。
その真意、なぜ・・・?
思えば昔、日航OB諸氏は、「公務員」としての認識あって入社したものと考えられる。
だが、社員や労働組合の意向無く完全民営化により組織及び諸体系が変わり、今日の日航社員の肩書きの下、各種条件を受け入れてきた経緯がある。他企業への売却も可能な私的倒産ではなく国家所管の企業再生機構に決した理由も、「ソフトランディング」を狙った意図であると考えられる。他企業売却だと買収した側に「全権利」が委譲し、当然すべてにおいてリストラとM&Aの恰好の餌食にされてしまう可能性があり、「国の翼」が急転、「誰かの航空会社」が日本の空を飛び回る状態も危惧されるからだ。
民間企業である日航が経営に行き詰まった。倒産に際し問題が生じたのは企業年金である。
企業年金、サラリーマンは全てこの国家と企業が折半して拠出する厚生年金基金に加入する。
日航OBの諸氏は永きに渉り給与天引きされてきたものだ。高給であるがゆえにその金額は
一般サラリーマンの倍以上の額である。支給体系こそ違うが、「公務員」並みの年金支給額に設定
されたものだった。つまり民間委譲させる条件として時の(自民党)政権と交わした約束だったものだ。
倒産すれば国家負担分は支給されても企業からの年金の源資が皆無となる為、支給はされない。
「約束が違う」・・・日航社員は当然、OBたちも一同に声を上げた。
給与所得者の誰もが疑いもなく天引きされる厚生年金。それは国家補償されるものと信じているから・・
再生機構の案→企業側割当て年金の30%以上カット。JAL労組の解散と特待優遇制度全撤廃。
いずれ企業年金だって「ゼロ」にされる可能性だってある。いや、源資不足で確実にそうなる。
それでも今は提示された条件を呑まざるを得ない状況に、諸氏たちは、この案に同意したのである。
資本主義国家だから当然、と政府関係者は言う・・企業努力が足りなかった、とか・・・
でも、それで済まされることなのだろうか? そんなことを、「元雇い主」がいう言葉なのだろうか?
強制的に給与から天引きされ、無言で従ってきた方々、国家社会の礎を築いてきた方々、である。
「高給とって楽々人生送ってきたからんだからしょうがない」・・街の声も「当然」の気配。
不公平感から述べているのだろうが、本質はもっと最悪のシナリオへ続く前章ではないのか!?
先日、社会保険庁が解散し民間委譲による国民年金機構となった。
国民にたいした説明もなく、「公平な社会保障と年金基盤の構築を目指す」そうだが・・・
JALの一件を知るにあたり、信じられる改正となるのであろうか、疑問である。

ボクが日本国家の行く末の憂いを述べたところで変わるものでもないが・・・
確実に言えることは、ボクらがロートルエイジになったとき国家補償が現在の半分にも満たない
状況になっている、という疑いが最近あったので述べてみる。
まさか!?・・・では、その予想的実例を述べよう
日本の翼、JALが経営破綻をし早ければ19日にも会社更生法申請を裁判所に出すそうだ。
いわゆる、「倒産」である。負債総額が2兆円という戦後最大の企業倒産である。
マスコミ情報の企業再生機構の再生策によると、日航の社員2万4千人中、1万5千人を解雇する。
倒産なので本来は企業規定の退職金などはもらえないのだが、日航は元々国家がその創設に資金を投じた会社である。民間委譲してもなお政府保有株式も50%あった。このへんは現JRと同じだ。
それなりの「手当て」は施配されるだろうが、倒産の負い目を請け企業再生機構が継続経営の条件として
提示する以上、規定退職金とまではいかない。純民間企業ならば本来「ゼロ」、むしろ優遇処置である。
その真意、なぜ・・・?
思えば昔、日航OB諸氏は、「公務員」としての認識あって入社したものと考えられる。
だが、社員や労働組合の意向無く完全民営化により組織及び諸体系が変わり、今日の日航社員の肩書きの下、各種条件を受け入れてきた経緯がある。他企業への売却も可能な私的倒産ではなく国家所管の企業再生機構に決した理由も、「ソフトランディング」を狙った意図であると考えられる。他企業売却だと買収した側に「全権利」が委譲し、当然すべてにおいてリストラとM&Aの恰好の餌食にされてしまう可能性があり、「国の翼」が急転、「誰かの航空会社」が日本の空を飛び回る状態も危惧されるからだ。
民間企業である日航が経営に行き詰まった。倒産に際し問題が生じたのは企業年金である。
企業年金、サラリーマンは全てこの国家と企業が折半して拠出する厚生年金基金に加入する。
日航OBの諸氏は永きに渉り給与天引きされてきたものだ。高給であるがゆえにその金額は
一般サラリーマンの倍以上の額である。支給体系こそ違うが、「公務員」並みの年金支給額に設定
されたものだった。つまり民間委譲させる条件として時の(自民党)政権と交わした約束だったものだ。
倒産すれば国家負担分は支給されても企業からの年金の源資が皆無となる為、支給はされない。
「約束が違う」・・・日航社員は当然、OBたちも一同に声を上げた。
給与所得者の誰もが疑いもなく天引きされる厚生年金。それは国家補償されるものと信じているから・・
再生機構の案→企業側割当て年金の30%以上カット。JAL労組の解散と特待優遇制度全撤廃。
いずれ企業年金だって「ゼロ」にされる可能性だってある。いや、源資不足で確実にそうなる。
それでも今は提示された条件を呑まざるを得ない状況に、諸氏たちは、この案に同意したのである。
資本主義国家だから当然、と政府関係者は言う・・企業努力が足りなかった、とか・・・
でも、それで済まされることなのだろうか? そんなことを、「元雇い主」がいう言葉なのだろうか?
強制的に給与から天引きされ、無言で従ってきた方々、国家社会の礎を築いてきた方々、である。
「高給とって楽々人生送ってきたからんだからしょうがない」・・街の声も「当然」の気配。
不公平感から述べているのだろうが、本質はもっと最悪のシナリオへ続く前章ではないのか!?
先日、社会保険庁が解散し民間委譲による国民年金機構となった。
国民にたいした説明もなく、「公平な社会保障と年金基盤の構築を目指す」そうだが・・・
JALの一件を知るにあたり、信じられる改正となるのであろうか、疑問である。
2010.01.16 Top↑
ちょうど開店して店前を掃いているときだった。11時4〜50分頃かな?
ピポピポ、、、救急車が近づく音
ウゥゥ〜〜ン、、、消防車がものすごいスピードで店前を走り去る音
ヒューンヒューン、、パトカーが拡声器で大声をあげながら交差点に突っ込んできた音
この三種類の緊急車両が急転、一度に現れることはめったにない。
・・・火事?
この騒然に誰もがそう想定するだろう。
だが、それらが向かった先からはそれらしき狼煙は覗えない。
次から次に集まり来る緊急車両の異常さに通行人たちも一応にざわめく。
煙は出ていないが、ただ事ではない事態だということは判断できる。
「ちょっと様子を見てきます。すぐ戻りますので、お客さんがきたらそう伝えて下さい」
と、居合わせたお馴染みさんに店を預け、店の裏手にある「その場所」へ向かった。
救急車2台、パトカー5台、消防車5台の回転灯が集まっていた「その場所」は、
工事中の市民センターだ。多くの消防士、警官たちが激動するが、その状況は未だ不明だった。
そんな中、次々と緊急車両が増え続けている現場に緊張が走る。
「おい! エンジンカッターもってこい!」・・・4階窓から消防士が下の者に叫ぶ。
その血相を変えた消防士の声は、センター入り口のヤジウマたちに怒号となって響く。
何か事故か・・? 警察官が建物内に飛び込んでいく状況から火災ではないことを確信する。
「はい、下がって下がって、立ち入り禁止です」 と、同時に数名の警察官が規制線を張り初める。
ボクをはじめ、ヤジウマたちはどんどん追いやられいく。途上、ブルーの横線が入った
見かけない車両とすれ違う。回転灯を付けているので緊急車両であることは判ったが、
後でそれが「ハイパーレスキュー隊」の車だったということに、事故の大きさを知る。
その間約10分、錯綜する情報だが、どうやら工事中の市民センター内のエレベーターで
なんらかの「事故」があったらしい。市民センター前の道路は車両も人も全面通行止めとなる。
店に戻ると、お馴染みさんが消えていた・・(汗
ボクが外にいる間、「無人」であったが、特に盗難や紛失物はなかったので安心した(汗々
次に騒然としたのが、駅前通りである。
報道各社の車両が、ズラァ〜〜〜っと並び始めたのだ。ピポ音の初動からわずか30分、
都内から訪れたのだろうが、その速さに驚く。車だとこの場所に都内から辿り着くには
速くても1時間は係る距離だ。「ナゼ?」の疑問がよぎる・・
と、いうことは・・私観ではあるが、
報道各社は、「警察情報や消防情報」をいち早く察知できるシステムを所持し、
事件事故に即行対応できる体制を構築している、のではないか?
すなわち、速報に繋がる「その価値」は報道各社の最重要課題であり、「一刻を争う」姿勢は
一時間係る距離も30分で着くハナレワザを現実にしているものだ、ということだ。
ピポ音をボクが聞いたとき、既に報道各社はココへ向かっていたはずである。
上空を舞うヘリコプターも今思うと、ピポ音と同時ぐらいに飛来していたような気もするし・・
いずれにしてもこんな小さな街だが、工事作業中の方がお二人も亡くなった大事故であった。
作業中にエレベーターが急に動き、お二人とも挟まれた、とのことである。
施行事業者は当然そうだが、依頼した所有者の市も、「司法の聴収」は避けられないものと考える。
尊い人命が失われた大惨事、改装し新しくなった市民センターを楽しみにしていた市民の方々にも、
後々まで影を落とす残念な結果となった。
思えば35年前、ボクが組んでいたバンド、「ゼアー」の面々もココでリハし、
市民最初のポップスコンサートをこの大ホールで行った、想い出の場所でもあったのだが・・・
残念である

ピポピポ、、、救急車が近づく音
ウゥゥ〜〜ン、、、消防車がものすごいスピードで店前を走り去る音
ヒューンヒューン、、パトカーが拡声器で大声をあげながら交差点に突っ込んできた音
この三種類の緊急車両が急転、一度に現れることはめったにない。
・・・火事?
この騒然に誰もがそう想定するだろう。
だが、それらが向かった先からはそれらしき狼煙は覗えない。
次から次に集まり来る緊急車両の異常さに通行人たちも一応にざわめく。
煙は出ていないが、ただ事ではない事態だということは判断できる。
「ちょっと様子を見てきます。すぐ戻りますので、お客さんがきたらそう伝えて下さい」
と、居合わせたお馴染みさんに店を預け、店の裏手にある「その場所」へ向かった。
救急車2台、パトカー5台、消防車5台の回転灯が集まっていた「その場所」は、
工事中の市民センターだ。多くの消防士、警官たちが激動するが、その状況は未だ不明だった。
そんな中、次々と緊急車両が増え続けている現場に緊張が走る。
「おい! エンジンカッターもってこい!」・・・4階窓から消防士が下の者に叫ぶ。
その血相を変えた消防士の声は、センター入り口のヤジウマたちに怒号となって響く。
何か事故か・・? 警察官が建物内に飛び込んでいく状況から火災ではないことを確信する。
「はい、下がって下がって、立ち入り禁止です」 と、同時に数名の警察官が規制線を張り初める。
ボクをはじめ、ヤジウマたちはどんどん追いやられいく。途上、ブルーの横線が入った
見かけない車両とすれ違う。回転灯を付けているので緊急車両であることは判ったが、
後でそれが「ハイパーレスキュー隊」の車だったということに、事故の大きさを知る。
その間約10分、錯綜する情報だが、どうやら工事中の市民センター内のエレベーターで
なんらかの「事故」があったらしい。市民センター前の道路は車両も人も全面通行止めとなる。
店に戻ると、お馴染みさんが消えていた・・(汗
ボクが外にいる間、「無人」であったが、特に盗難や紛失物はなかったので安心した(汗々
次に騒然としたのが、駅前通りである。
報道各社の車両が、ズラァ〜〜〜っと並び始めたのだ。ピポ音の初動からわずか30分、
都内から訪れたのだろうが、その速さに驚く。車だとこの場所に都内から辿り着くには
速くても1時間は係る距離だ。「ナゼ?」の疑問がよぎる・・
と、いうことは・・私観ではあるが、
報道各社は、「警察情報や消防情報」をいち早く察知できるシステムを所持し、
事件事故に即行対応できる体制を構築している、のではないか?
すなわち、速報に繋がる「その価値」は報道各社の最重要課題であり、「一刻を争う」姿勢は
一時間係る距離も30分で着くハナレワザを現実にしているものだ、ということだ。
ピポ音をボクが聞いたとき、既に報道各社はココへ向かっていたはずである。
上空を舞うヘリコプターも今思うと、ピポ音と同時ぐらいに飛来していたような気もするし・・
いずれにしてもこんな小さな街だが、工事作業中の方がお二人も亡くなった大事故であった。
作業中にエレベーターが急に動き、お二人とも挟まれた、とのことである。
施行事業者は当然そうだが、依頼した所有者の市も、「司法の聴収」は避けられないものと考える。
尊い人命が失われた大惨事、改装し新しくなった市民センターを楽しみにしていた市民の方々にも、
後々まで影を落とす残念な結果となった。
思えば35年前、ボクが組んでいたバンド、「ゼアー」の面々もココでリハし、
市民最初のポップスコンサートをこの大ホールで行った、想い出の場所でもあったのだが・・・
残念である
2010.01.11 Top↑
西武池袋線 清瀬駅北口 駅前通り150m直進 徒歩2分
(Webタウン情報などではジスコメディアックで登録されている場合もあります)
清瀬市で唯一のレンタルビデオショップ!
小型店舗ながら大手レンタルビデオ店にはない、「拘り」を持つ映画専門店です。
文芸作品を中心に、「良質で後世に残る名作」をセレクトした商品郡は
当店の自慢でもあり、3000本観破した店主の自信と自負しております。
入会金300円(入会時身分証提示必須) 平均貸出し単価350円(プリペ利用者25%OFF)
但し、入会地域を限定しておりますので、隣接市町村に居住の方のみご利用になれます。
(店主座右の言々)
映画は娯楽にあらず! 人心なくして感動無し!
映画は人生を豊かにしたいと願う、あなたの進むべき未来の座標となる!
映画に感動し、頬をつたい流れ落ちる涙の雫こそ、人間である証と心得るべし!
この地球で、永きに渉り培われてきた人類の英知の集合体、それが映画である!
100年後、すべての芸術の頂点に立つもの、それが映画だ!
映画の創世期、この時代に生まれた幸せを体感せよ!
(当店の長短と主旨)
洋画ドラマ、特に重厚感タップリの欧州モノは大手TさんGさんの追随を断じて許さず!
古典映画は名作と呼ばれながらも未だにDVD化されていない「珠玉」をVCTで保管。
いわゆる、ご家族で楽しむ「娯楽大作モノ」は店主があまり気乗りしないので各1本の在庫に
止め、人気?の韓流ものは芸術性に乏しいので極少である。
また、原作のしっかりした作品としての邦画は漏らさず揃えているが、
役者ではないタレント重視の、いわゆるウリモノは、品位の低下を嫌うため仕入れはしない。
アダルトは店主が見ないので、業者に予算を与え「おまかせ」仕入れ。よく解らんジャンルだ。
低予算制作、一点の拘り、B級呼ばれ、といった映画は以外に在庫しているのも特徴。
これは店主の単純な私観からコツコツ蓄積されてきた、「素敵な駄作」映画たちである。
あと、音楽系の映画も揃えているので、趣向が合えば、「すごい店」と自負している。
店主の基本的な映画観として、「作品主義」をその主観としているため、役者ではなく
監督や脚本、礎である原作の、「感性的、技術的」質の高さを求めるものである。
(役者は舞台で観るもの、けっして役者を嫌っているのではないので誤解のないように)
よって、つまり・・・お客の意向ではなく
私が薦める映画を観てもらう ・・・で、ある。
以上、これが当店の基本的スタンスです。
気に入らなければ大手ビデオ店に行っていただいても結構、と考慮諸旨申し上げます。
三度のメシより映画が好き!
求めてご覧になる方の為に経済不況の環境下、日夜維持し続けて参ります。
と・・・・・・・まぁ、
こんなの宣伝でもなんでもないが、最近ひとつ気付いたことがあったので、「実験」してみたのだ。
Yahoo、Google、このふたつの大手Web検索サイトで、「びでお屋」を
入力すると、1ページ目にボクのこのblogが載かってくる。
特に何かの目論みがあって述べるのではないが、長引く不景気で通っていた近隣のビデオ店が廃業に
追い込まれ、DVDが借りられなくなった「映画難民」にボクの店の存在を告知してみようと思った。
但しボクの店はパブリシブルではないので、もしご来店の際は、「このへん」を特にご理解願いたい旨、
と付添して申し上げる。
(Webタウン情報などではジスコメディアックで登録されている場合もあります)
清瀬市で唯一のレンタルビデオショップ!
小型店舗ながら大手レンタルビデオ店にはない、「拘り」を持つ映画専門店です。
文芸作品を中心に、「良質で後世に残る名作」をセレクトした商品郡は
当店の自慢でもあり、3000本観破した店主の自信と自負しております。
入会金300円(入会時身分証提示必須) 平均貸出し単価350円(プリペ利用者25%OFF)
但し、入会地域を限定しておりますので、隣接市町村に居住の方のみご利用になれます。
(店主座右の言々)
映画は娯楽にあらず! 人心なくして感動無し!
映画は人生を豊かにしたいと願う、あなたの進むべき未来の座標となる!
映画に感動し、頬をつたい流れ落ちる涙の雫こそ、人間である証と心得るべし!
この地球で、永きに渉り培われてきた人類の英知の集合体、それが映画である!
100年後、すべての芸術の頂点に立つもの、それが映画だ!
映画の創世期、この時代に生まれた幸せを体感せよ!
(当店の長短と主旨)
洋画ドラマ、特に重厚感タップリの欧州モノは大手TさんGさんの追随を断じて許さず!
古典映画は名作と呼ばれながらも未だにDVD化されていない「珠玉」をVCTで保管。
いわゆる、ご家族で楽しむ「娯楽大作モノ」は店主があまり気乗りしないので各1本の在庫に
止め、人気?の韓流ものは芸術性に乏しいので極少である。
また、原作のしっかりした作品としての邦画は漏らさず揃えているが、
役者ではないタレント重視の、いわゆるウリモノは、品位の低下を嫌うため仕入れはしない。
アダルトは店主が見ないので、業者に予算を与え「おまかせ」仕入れ。よく解らんジャンルだ。
低予算制作、一点の拘り、B級呼ばれ、といった映画は以外に在庫しているのも特徴。
これは店主の単純な私観からコツコツ蓄積されてきた、「素敵な駄作」映画たちである。
あと、音楽系の映画も揃えているので、趣向が合えば、「すごい店」と自負している。
店主の基本的な映画観として、「作品主義」をその主観としているため、役者ではなく
監督や脚本、礎である原作の、「感性的、技術的」質の高さを求めるものである。
(役者は舞台で観るもの、けっして役者を嫌っているのではないので誤解のないように)
よって、つまり・・・お客の意向ではなく
私が薦める映画を観てもらう ・・・で、ある。
以上、これが当店の基本的スタンスです。
気に入らなければ大手ビデオ店に行っていただいても結構、と考慮諸旨申し上げます。
三度のメシより映画が好き!
求めてご覧になる方の為に経済不況の環境下、日夜維持し続けて参ります。
と・・・・・・・まぁ、
こんなの宣伝でもなんでもないが、最近ひとつ気付いたことがあったので、「実験」してみたのだ。
Yahoo、Google、このふたつの大手Web検索サイトで、「びでお屋」を
入力すると、1ページ目にボクのこのblogが載かってくる。
特に何かの目論みがあって述べるのではないが、長引く不景気で通っていた近隣のビデオ店が廃業に
追い込まれ、DVDが借りられなくなった「映画難民」にボクの店の存在を告知してみようと思った。
但しボクの店はパブリシブルではないので、もしご来店の際は、「このへん」を特にご理解願いたい旨、
と付添して申し上げる。
2010.01.06 Top↑
とりあえず新しい年になった。
ボクは2日から店に篭っていたが、ほとんどのみなさんは今日から仕事初めだ。
毎年くり返される、「おめでとう」の挨拶。おのずと、交わす言葉にも優しさが漂う。
日本人の正月はこれがあるから好きだ。ナニが「めでたい」のか未だよくわからんが(汗
ことしはどんな年になるのか見当もつかないが、「1年無事スルー」できればOK!
特にアレコレしたいわけでもないし、趣向の望む贅沢も無い。
ただ、「追われる立場」は変わらない状況なので、粛々と対処できればそれでよい。
あえて年頭の所信を述べるとしたら、
1)300本以上の映画を観、1000曲の音楽を聴き、己の至心たる本を100冊以上読む。(難)
2)ボクのライフワークであるギターに更なる磨きをかけるべく毎日最低1時間は弾く。(難)
3)中国琵琶の奏法を学び、二胡のsioriちゃんと合奏できるよう努力する。(中易)
4)依頼、ボランティア演奏に限らず、頼まれた演奏事は「全て」こなす。(難)
5)上記注力の余がある限り、淡々と「ビデオ店経営」にイソシム・・・(楽々易々)
と、欠意表明だが、基本的には・・
万事、事無きに努め、花鳥風月の雅に旬の訪れを歓び、
ただひたすら、時の流れに己身をまかせる
・・であり、これができれば今年一年も、「大義」である!
「さて、サンチョ、そろそろ参ろうぞ!!」 ・・・ ということで、今年最初のオススメ映画を!
1972年 アメリカ映画
原作:ミゲル・デ・セルバンテス
監督:アーサー・ヒラー
脚本:ティル・ワッサーマン
出演:ピーター・オトゥール、ソフィア・ローレン、ジェームズ・ココ
ラ・マンチャの男

ご存知、16世紀のスペインの作家ミゲル・デ・セルバンテス作、「ドン・キホーテ物語」の映画だ。
この作品は17世紀当初、ヨーロッパ各地で公演された歌劇がヒットしたものだが、同時期、
イギリスの文豪シェークスピアの作品が次々に舞台演劇界で取り上げられる中、その地位?を危惧した
セルバンデスが舞台歌劇に転用できる作品制作の第一号とされているものだ。
以降今日に至るまで、ブロードウェイの定番ミュージカルをはじめ世界中で公演されている、
「300年の歴史」を持つ名作である。勿論、この映画もミュージカル仕様、その華麗さを堪能されたし!
下級老騎士ドン・キホーテと正直者だがオツムの弱いサンチョ・パンサのユートピアを探す珍道中。
「愛と正義を貫く」が自らの誇りと難題に立ち向かうドン・キホーテ。
だが、彼の掲げる理想をことごとく打ち砕く現実に、彼はついに旅に出る決心をする。
それは彼の求める、「夢の世界」・・・
殺伐とした社会、ある種現代にも通じる時代。人の真の姿を貫くドン・キホーテが求めたものは
「愛と正義」であり、庶民の悲哀をも浮き彫りにした描写は、当時の観客たちに共感を与えたと思われる。
♪〜〜「ボロは着てても心は錦、どんな花よりきれいだぜ」〜〜♪♪
スペインに浪花節があったとは思えないが、「そのイキザマ」は現代人にも深く共鳴するものだ。
カネでもない、名誉や地位でも、権力でもない、人としてあるべき姿を純粋に語るセルバンデスの良心。
ボクが観た映画3000本の中でもベスト100に入る名作!(私感的思想を含め)
♪♪〜〜dream inpossible dream(見果てぬ夢)〜〜♪♪
名画に名曲アリ!! も、一興でござる!

ボクは2日から店に篭っていたが、ほとんどのみなさんは今日から仕事初めだ。
毎年くり返される、「おめでとう」の挨拶。おのずと、交わす言葉にも優しさが漂う。
日本人の正月はこれがあるから好きだ。ナニが「めでたい」のか未だよくわからんが(汗
ことしはどんな年になるのか見当もつかないが、「1年無事スルー」できればOK!
特にアレコレしたいわけでもないし、趣向の望む贅沢も無い。
ただ、「追われる立場」は変わらない状況なので、粛々と対処できればそれでよい。
あえて年頭の所信を述べるとしたら、
1)300本以上の映画を観、1000曲の音楽を聴き、己の至心たる本を100冊以上読む。(難)
2)ボクのライフワークであるギターに更なる磨きをかけるべく毎日最低1時間は弾く。(難)
3)中国琵琶の奏法を学び、二胡のsioriちゃんと合奏できるよう努力する。(中易)
4)依頼、ボランティア演奏に限らず、頼まれた演奏事は「全て」こなす。(難)
5)上記注力の余がある限り、淡々と「ビデオ店経営」にイソシム・・・(楽々易々)
と、欠意表明だが、基本的には・・
万事、事無きに努め、花鳥風月の雅に旬の訪れを歓び、
ただひたすら、時の流れに己身をまかせる
・・であり、これができれば今年一年も、「大義」である!
「さて、サンチョ、そろそろ参ろうぞ!!」 ・・・ ということで、今年最初のオススメ映画を!
1972年 アメリカ映画
原作:ミゲル・デ・セルバンテス
監督:アーサー・ヒラー
脚本:ティル・ワッサーマン
出演:ピーター・オトゥール、ソフィア・ローレン、ジェームズ・ココ
ラ・マンチャの男

ご存知、16世紀のスペインの作家ミゲル・デ・セルバンテス作、「ドン・キホーテ物語」の映画だ。
この作品は17世紀当初、ヨーロッパ各地で公演された歌劇がヒットしたものだが、同時期、
イギリスの文豪シェークスピアの作品が次々に舞台演劇界で取り上げられる中、その地位?を危惧した
セルバンデスが舞台歌劇に転用できる作品制作の第一号とされているものだ。
以降今日に至るまで、ブロードウェイの定番ミュージカルをはじめ世界中で公演されている、
「300年の歴史」を持つ名作である。勿論、この映画もミュージカル仕様、その華麗さを堪能されたし!
下級老騎士ドン・キホーテと正直者だがオツムの弱いサンチョ・パンサのユートピアを探す珍道中。
「愛と正義を貫く」が自らの誇りと難題に立ち向かうドン・キホーテ。
だが、彼の掲げる理想をことごとく打ち砕く現実に、彼はついに旅に出る決心をする。
それは彼の求める、「夢の世界」・・・
殺伐とした社会、ある種現代にも通じる時代。人の真の姿を貫くドン・キホーテが求めたものは
「愛と正義」であり、庶民の悲哀をも浮き彫りにした描写は、当時の観客たちに共感を与えたと思われる。
♪〜〜「ボロは着てても心は錦、どんな花よりきれいだぜ」〜〜♪♪
スペインに浪花節があったとは思えないが、「そのイキザマ」は現代人にも深く共鳴するものだ。
カネでもない、名誉や地位でも、権力でもない、人としてあるべき姿を純粋に語るセルバンデスの良心。
ボクが観た映画3000本の中でもベスト100に入る名作!(私感的思想を含め)
♪♪〜〜dream inpossible dream(見果てぬ夢)〜〜♪♪
名画に名曲アリ!! も、一興でござる!
2010.01.04 Top↑
あけまして
おめでとうございます!

みなさまにとって
幸多かれし新年の門出となりますよう、祈願申し上げます。
本年も宜しくお付き合い下さい。
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2009.12.31 Top↑





